つぶやき

純粋

今日もお越しいただきありがとうございます。また台風が来ているとのこと、今度は直撃じゃないみたいですが、まだ前回の台風で被害に遭われた地方の方もいらっしゃいます。皆様のご近所は大丈夫ですか?

拍手コメントがなくなるというお知らせに、コメント自体がなくなるような印象を持たれた方が何人かいらっしゃいます。このブログのコメント欄は原則オープンにしないので、下のコメント機能を使えばもっと広くコメントをかけるので、1行とかでもぜひそちらに書いてほしいです。みなさんのつぶやきが読めなくなるのは私もかなりさみしいです。

コメントで「たまにある辛口なブログも好きです」と言われてちょっと嬉しい♪今日はちょっと辛口かもです。

英検の結果が紙ベースで送られてきました。我が家は2枚。子供と私の分です。

実は子供は前回も受けていて、不合格Aでぎりぎり1次がだめだったのですが、今回はその教訓があるので、1週間前ぐらいから私が教えたときに使っていた過去問を手に取って、母のようにコマギレ作戦で問題をやっていたようです。時々一人でCDを流してはリスニングを解いていました。

もともと準2級もリスニングがとびぬけてできて受かっていました。前回の2級はリスニングで集中が切れてできなかったことが敗因だったようです。今回はもともとのパターンのリスニングで受かってました。1⃣の語彙文法でかなり落として(中学生なのでここはもともと弱い)リーディングとリスニングで取っています。リーディングもなんとなくで解いていきます。多読の効果も高いのではないかと思います。

これは学校の英語のレベルがかなり高いこともあります。英語の塾も行ってないし、文法もよくわかってないところもあります。形容詞とか副詞とか言う文法用語も日本語で言われれないのであんまり意識していません。宿題もあんまりない。普段学校の英語の成績もさほどよくないのですが、それでもできるのは学校の英語の質の高さにつきます。

私は職業柄、学校の事情もよく知っているほうですが、学校が授業以外に必死で特化して英検合格を生み出しているなんて構造があるのです。学校で受験用にガンガンに詰め込んで、放課後、英検用にガンガンに英語を詰め込んでいく。

そんなことしなくてもできるということを、英語嫌いのわが子がちょっとは証明してくれたかなと思っています。

なので、今英検のブームがいい方向に行くことを願わずにはいられません。

結局受験英語がよくないと言われて、良い方向に変えようとしても、いびつさが出てるように見えるのは、

テスト辺重な状況が変わらない、もしくはせざるを得ない状況だからですね。それもわかります。

大人の世界でもそうだから仕方がない。

私は、毎回そうなのですが、3技能のうちどれか一つがよいことが多いです。前回はリスニング、今回はライティングでした。リスニングがいつもより点数を落としていた状態だったので、ひやひやしたのですが、それをカバーしてもらえた形です。

リーディングは長文で左右されます。特に穴埋め問題が鬼門。内容把握も問題とそりが合わないと落とします。今回はどちらの長文も全問不正解と全問正解という初めてのパターンでした。だから落ち込んでました。設問のひねり具合もあったかもしれませんが、チャーチルについてはイギリス史でしょっちゅうでてくる人物なので、よく知ってるとおもっていたし、実際本文は楽しく読んだのに解けなかった。

語彙については、英検パターンを把握するとある程度安定すると思っています。蓄積が生きてくるので、受ければ受けるほど語彙は安定している人が多いのもうなずけます。いちばん攻略しやすい箇所でもあります。英検の語彙は英検パターンで20点越えは可能だと思いますが、語彙の満点は運というかカンの強さも必要かなあというのが自分の印象です。うろ覚えなものは消去法ですからね。

今回助けれられたのはライティングですが、一番後手に回ったものが一番できるというなんとも複雑な結果でした。いつもの私らしく、満点はとれない(笑)1点落としました。もともとのパターンの引き出しを持っていない状態なので、ボディの理由を毎回その場で考えるのが常。安定した点数は期待していませんが、びっくりしました。

でも、これってどうなんだろうかと思いながらです。自分がライティングができるなんてやっぱり思ってないし。今でも偉そうに「こうしたらいい」なんて言えないなあと思いながらやっています。

テストって。といつも頭によぎりながらやっている自分がいます。

私はテストの解き方を教えたりもしないといけないので、それをシミュレーションするためにも受けていますが、それだけで英語力がとか、真に必要な英語力がつくのかとか、いろいろ頭によぎってしまいます。

そのためにテストを利用するのですが、テストのために英語を勉強しているのではない大前提が置き去りにされているような気もします。

テストのためではない、特化せずにと言っても、結局はそれのためにやっているようにも見えます。ポーズであることも多いですね。やってないけど実力よというアピール。その逆もありますしね。みんなけっこうやってますよね。

テストはテストでやっぱりそれなりの特化をしないとよほどでないと無理だと自分は思っています。でもそれをやることで、趣味の英語の時間をそがれてしまう。なので、実の利の多いテストを取るのが普通だと思います。テストの準備だけでもできないのが普通です。映画三昧、読書三昧だけでは受からないということは身をもって経験しました。いくらヨークシャーアクセントやスコティッシュアクセントが少しは聞き取れるようになってきても、

全然関係ない(笑)

子供たちに試験用のシミュレーションで授業をするたびに、とにかくテスト慣れをさせて点数を取らせることが目的になっていることに対して、

いつも疑問を感じます。子供たち自身も英語が通じたときの喜びを忘れて、受験を経て、大人になったら、今度は点数でものを測りだす。その温床になっています。

それに疑問を持たない先生も多い。教える暇もなく、考えさす暇もなく、シミュレーションをやらせることに時々疲れます。私じゃなくてもできるじゃんと思ってしまう。

現場では英会話は必要ないと思っている先生も実際にいるのです。外国人の先生の授業がない学校もあります。逆に、4技能を叫んでいる割には実情はそれをできる先生がいるのか?ってのも。英語で論理的に議論を戦わせられる人材をと言うけど、日本語でもできないことをどうやってやれっていうのだ?あ、この辺でやめときます。ストーップ!

教室で生徒が絞りだすように、英語で何かを伝えて通じたときの笑顔をみると、ほんとに頭にいろいろよぎります。


この純粋さを忘れていないだろうか。

テストは必要だとわかっていても、テストを受けるたびに思います。

もっと英語を使う、通じることの喜びを与えてあげれたらといつも思います。テストで点をとるだけではなく、コミュニケーションのためのものだとわからせてあげるにはと。

自分自身も英語の楽しさを味わう純粋さを忘れていないかと自問しながら。


読んでいただきありがとうございました。


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「読める」と「訳せる」

今日もお越しいただきありがとうございます。

たくさんのお見舞いありがとうございます。うう。一日で拍手以外にこんなにたくさんコメント欄からコメントをいただいたのは初めてかも。感激しました。励ましソングを教えていただいたり、いろんな事例を教えてくださったり、持つべきものはブログかも。アドバイス通り、早速家族でお祓いにも行ってきます。

車のディーラーさんに呼ばれて破損した車を見に行ってきました。ショッキングでした。ほんとに身代わりになって不運をかぶってくれたのかも。ありがとね。

その後の事故ではドア2枚じゃなくて、フレームも全部替えないといけない状態でした。片面全部ってことです。車があたってきたそうで、全部で3社の保険屋さんが絡んでいます。なんかなあ。ちょっと考えないとです。

そんなんで、英語がなかなか頭に入りにくいです。ポッドキャストニュース聞いてても、audible聴いててもまだ上の空な自分に気づくので、複数回聞きで対応しています。

今日は気づきやつぶやきとちょっとエールを送りたいと思って書いています。

生徒に長文読解の授業をする時は、

「読む」と「訳す」をきっかり分けるように指導しています。それがベストかどうかは別にして、自分がやってきた勉強を経て自分が咀嚼したものを与えてあげたいと、常にベスト尽くしています。だからしんどい体を引きずりながらも勉強はやめてません。授業を受けてくれた生徒にはたいてい好評です。まだまだ古いやり方がはびこっていることも多いので、新旧両方のいいと思うところも取り入れて、音読もたくさんする授業はちょっと新鮮味もあるようです。今年は縛りが多くて思うようにあんまりできないのがちょっと不満ですが、学年の方針があるので、仕方がありません。

長文を全部後ろから返り読みしていたら、問題すら解けない子もでてきますしね。

直接の知り合いに翻訳を仕事としてらっしゃる方々がいらっしゃいます。おひとりは翻訳以外に英語をほとんど使わないので、英会話は得意でないと言ってました。でも、専門知識が必要なエキスパートでもある。リケ女は強い。もう一人の方は下訳とかをされているようで、はなかなか食べていけないと聞きました。なので兼業されています。優秀なのになあ。両方ともおそらく30代前半にはすでに翻訳の仕事をやっていた状態。

その方々は英検1級を持ってないみたいです。おひとりははっきり言ってました。もうおひとりは英検の話をすると「あんな難しいの」と言われるので多分。普通「持ってるの?」なんて聞かないものですしね。

一人の人に持っているペーパーバックを貸そうかというと、「なるべく簡単なのにしてね」と言われました。難しい英語を訳せるのに、読むのは簡単なのがいいということです。「読む」と「訳す」をわけているんだなと思いました。

話してて面白いのは、つねに英語をすとんとはまる日本語に置き換えようと考えてしまうとのことです。なので、audiobookとかはもっと無理だとも言われました。ピッタリの日本語が見つかった時が好きで、そこに魅力を感じるとも聞きました。

英語→英語回路が必要ではなくて、英語→日本語回路が必要なんだと思います。それと特に直訳だけでない日本語の力。

英語ができることにもちろん越したことはないけど、どちらかというと、日本語、専門知識が英語力とイーブンで必要な印象でした。英検1級を持っていないと翻訳ができないなんてルールはどこにもないですしね。実際に仕事をされている方を目にして思いました。

すべてを兼ね備えている方はいて、そういう人たちはもちろん第一線で活躍されてるのだと思います。

でも全員がそこまできるとは限らない。海外在住○○年の人や帰国子女が全員通訳や翻訳できるかというのと同じですよね。

努力は惜しまないに越したことはないですが、

そうじゃなくてもいいと思います。

だれだって英語をすることはできます。楽しむ英語だっていいと思います。

試験を主軸にしたっていいし、読書を主軸にしたっていい、映画やドラマ専門にしたっていいし、わたしのようにどっちつかずなどれもできてるようでできない人だっていていい(笑)全員が通訳や翻訳家になるわけでもないですしね。

全部やりたいと思ってもいいし、全部できなくても何も恥じる必要もないんです。必要とされるスキルだけでもいいと思います。

通訳には通訳の、翻訳には翻訳のスキルを磨くことが一番近道かもと翻訳家の人たちと話していてふと思いました。

それと同じでやっぱり試験には試験。試験だけで終わってしまうのは、それだけでもすごく時間が必要だから、例えば忙しいサラリーマンは必要なスコアを効率よくとっていくというのは至極当然なわけです。一日1時間とかだとそうならざるを得ない。

それで優劣をつけるからややこしい。でも人間はそういうアシなんすよね。

私も30代、40代に、その世代で英語をされている方々と同じような夢や目的を持っていました。

「英検1級に受かったらなんとかなる」と思って頑張ったんですが、受かってからが長いので、専門的な知識をもっとつけるべきだったと後悔もしました。

でもそこで落ち込んでいても仕方ないので、持っていた一つの目的であった英語の先生としてのベストを尽くしている今に至ります。一応プロ?として働いている身ですが、英語の先生としてもいまだまだ修行が必要で、さらに勉強したくても門前払いを食らう身なので偉そうにも言えません。

でも一緒に教えてきた英語母語者の先生たちや日本語母語者の自分より若くて優秀な先生たちにも「angel先生ならできると思うけどなあ、なんで?」「一緒に教えられてうれしい」と言ってもらえるだけでもまだいいかと思うようにしています。そうじゃないとめげそうになります(笑)いろんな学校、現場でたたき上げてきた力でなんとか生きてきてる状態。「事件は現場で起きてるんだ」のノンキャリ気分です。

英検1級は英語母語者のいっても高校生レベルぐらい。なので、その資格だけで食べていけるなんてなかなかないですよね。原書で読書もレベルによっては難しい状態な場合も。それよりもその他のことが決め手になることも多いと思います。大変だけど、平行できれば言うことない。だって、

英語で何かができないといけないのであって、英語ができるだけではダメなのです。

現実は甘くない。教えるにあたっても、教える技術や資質がやっぱり必要。生徒の英語力を引き上げられてなんぼの世界です。

英検1級に受かってからとか考えていると遅い場合もあります。英検1級をとってとりあえずと言って何年も経っている人も多いかもしれません。

試験は手段であって、目的ではないはず。あ、じゃない人もいるだろうけど。

点数を追うあまり見えなくなっているものあるかも。

それはそれで一つの動機で目的になるので否定するつもりもないです。実際、私もある一定のレベルにならないといけないけど、できてない。英語で本や映画やドラマをそれなりに楽しんでいる自分もいるので、それで満足しそうになって、テストにフォーカスできない自分がいます。もともと苦手ですしね(笑)

英語で本や映画を楽しむのが小さなころからの自分の夢の一つであったのも大きいです。試験はその力を高めるためでもありました。英検1級の語彙を通過すると小説や映画を見るのが楽になるのは事実です。語彙力というきっかけを与えてくれます。まだ全然足りませんが。今読んでいるkindleは難しいわけではないんですが、とにかく辞書を引き引き読んでいます。普段全然目にしない単語が結構多い。

小説読んで聴いて、映画見てる。それでは食べていけませんしね。バランスが難しい。

50歳を過ぎて思うのは、

夢を持っている方は、是非行動してほしいなあと思います。私も昔の夢とは形が変わっているものの、

小さな夢を捨てることはしていません。できるときにできる努力を細々と続けています。叶いそうになくても歩き続けることはやめません。

あなたの夢を、夢で終わらわせないようにと願ってこれを書いています。

応援しています。

読んでいただきありがとうございました。いい週末をお過ごしください。

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2017年の1学期

今日もお越しいただきありがとうございます。暑い日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

私は1学期が終わろうとしています。う、うれしい。寄る年波でなかなか大変でした。カメでのろまな私は最後の最後まで雑用に追われておりました。なにかヘマをしていたら、また学校に行かないとなあと思いながら帰途につきました。

話は変わりますが、先日茅ヶ崎メソッドについて聞かれて、私の感想を教えてほしいとリクエストを受けたので、記事を書かせていただきました。ブログで記事にしてほしいという具体的なリクエストでした。

でもちょっと気になることがあって、それについて茅ヶ崎批判だともしかして思われていたらいけないので、再度書かせていただきます。その記事にも自分のレベルが至っていないところもあると書かせていただきました。数校の茅ケ崎に通ったことがあるので、いろんな先生に指導していただいた経験を書いて、全てが悪い方法だとは思っていないですし、自分の授業のヒントにもすごくなっています。茅ケ崎に通われている方に実際に茅ケ崎の中級の本をやるといいとアドバイスしてもらったことは今でもすごく感謝しています。リスニングとリーディングの一体化したものなので、力がつきます。通訳学校に通うよりお得だとも書きました。茅ヶ崎メソッドは今は教材が無料でダウンロードできるので、今はそれを利用して勉強されている方も多いと思います。質問してくださった方は、まずそれで勉強されるのだと思います。ダウンロードされたことがきっかけで質問を受けた経緯があります。教室に通うのは、刺激ももらえるし、リスニングを伸ばすのに、特に2技能に効くと私は今でも思っています。

それともどなたかが茅ヶ崎批判を書かれている人がいるのかなあ。

私は自分が勉強している方法が最高だとも思っていません。いつも模索してがんばっているだけです。ない時間を振り絞って学校に通えない分は独学でがんばるしかない。去年はいろんなことにチャレンジして、今の授業に生かされていることも多いです。やっとことを書いてきて、自分のやり方が一番だとも思っていないです。自分の出来るときにできることをやるのみです。それぞれのやり方があっていいと思っています。

自分が学習者であることは変わらないと思っています。自分が英語ができる、これが絶対という言い方はきっとこの先もできないと思っています。

読者の人もそれをわかっている人が多いです。ご自身にあった教材を選んで、やり方もそれぞれです。

1学期が終わろうとしていて、授業もなかなか思うようにいかないことも多かった今年度のスタートでした。縛りがけっこうあって、自分の思うような授業展開ができないジレンマに悩みました。仕事もかなり減らしたのですが、去年も講座があるたびに依頼を受けて教えた単発の同じ学校の仕事は断ることができずに無理してがんばりました。英検の前日も仕事だったのでちと苦しかったです。

そんな思いで終わろうとしていたら、ふと降りてくるさわやかな風。

廊下ですれ違った去年教えていた生徒達が「先生なんで、私達の学年じゃないの?」また別の生徒たちは個人的に夏休みの勉強方法を求めにやってきてくれる。いろんなアドバイスの中から自分にできることを実践した子が「先生、成績があがったよ」と報告してくれる。

そんな一声に今までも支えられてやってこれました。ブログの読者の方からの一言にも。

ブログを書くことは時に楽しさもあり、苦しさもあります。

でも自分の英語力を少しでも上げたいという自分の気持ちと、読んでくださる方々の気持ちが合わさった時のうれしさがブログを書き続ける力を与えてくれています。

そんな思いを胸にまたはじめようと思います。

一人夏期講習。

今年もやらないといけない課題をこなして、少しでも夢に近づけたらいいなと思いながらガンバリたいです。

またそれぞれのやり方で、一緒に頑張りましょうね。

読んでいただきありがとうございました。

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ビーコン

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?ながら族兼冷え性のangelです。いや、GOTのラムジー・ボルトンの演技がうますぎて憎々しくてすごいと思いながら仕事してます。脇役は大事ですよ、ホンマ。

日中はもう夏といってもいいぐらいなのに、思い立って、こんなものをまたごそごそととりだして仕事しながら使い始めました。
これ、実際にこのブログで知って買ってくださった読者の方もいらっしゃるんです。フットヒータ姉妹♪冷えとはまた別だと思うのですが、指に痺れもきているので、(結構満身創痍?)暑いかなとおもったのですが、これが結構いい具合です。どれだけ冷え性なんだ(笑)上は半袖でも、下は冬対策することにしました。これで少しは体調もよくなると願っています。ちょっと無理するとあっというまに熱が出たりする生活はつらいです。早くこの時期を抜け出たいなあ。

それと運動ももっとしたいです。コメントでスクワットをしなはれとの指令が下ったのですが(笑)ウォーキングが好きだなあとかわがまま言ったりして。いや歯磨き時にでもやってみます。いつも皆様にいたわっていただき本当にうれしいです。

健康あっての英語ですからね。英語仙人への道は遠し。

人の英語で忙しくって、自分の英語はやっぱりながらで耳が中心です。先週と同じくやっぱりミシンに向かわねばなりません。作ったものがちょっと指示がわかりにくくて、間違えて作っていたのが発覚(涙)縫い直しです(号泣)どこまでもどんくさい私です。

こうやって耳しか空いてない状態が続きます。くすん。

それでもあきらめずに毎日英語と触れる日々です。

今は英検前で、こちらにも過去のブログを読みに来てくださる方々もいらっしゃいます。参考になれば幸いです。

1級に受かった後も足しげくこのブログに通ってくださるかも多い。ありがたいことです。いや、1級に関係なく読みに来てくださる方々の方が実は多かったりします。それには理由があるのだと思います。

いろんな方が「1級の試験対策はこうやればいい」と書かれています。私もそうしてきた一人です。何度も受け続けて、毎回ではありませんが、合格するごとにその受験記を書いてきました。何度も受け続けるうちにどんくさいなりに自分の成長も感じられたし、要領も得てきたので、少しは的の得たことも書けたこともあるかもしれないし、参考になっていないかもしれません。

今になって思うのは、試験の指南ではなくて、その体験記を通して伝えたい思い、

いかに頑張り続けるかということが伝わることが一番大事なのだなと思うに至っています。

ご自身がやろうと思うことをやり切らなければ道は開けてこない。それが一番大事なこと。

何をすべきか、何語覚えるべきとか、テクニックもいいけど、試験の目的は、

英語力をあげることにほかなりません。

そしてその英語力を使って、今度は英語で仕事をしたり、楽しんだりすることが実は大事だと思います。

あきらめそうになった時に、このブログに立ち寄られる方も多いです。

みなそれぞれに頑張っています。

できるときにできることを、

そうすれば道は開けてくるのです。私にできるのは本当にそうなんだと小さなビーコンをともし続けること。

自分も頑張り続けること。

ということは、読みに来てくださるあなたがいるからこそ、

私も頑張ることができるのです。感謝です。

さあ、また一緒に頑張りましょう。最後まで。

応援しています。

読んでいただきありがとうございました。

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なんで試験を受けるのか

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?ゴホゴホ。最後まで咳と熱に苦しんだ私です。いつもコメントくださる方々、ありがとうございます。ゴールデンウィークも充実されてる方もいらっしゃって羨ましい!私はなんとか回復しつつあります。

このところ、家の中をかなり片づけているんですが、ほんと主婦ってやること多いなあと思います。そりゃ勉強の時間を集中して確保するのは実際難しい。ましてや働きながらだと余計です。このところ英語にエネルギーをかなり使っていたので、いったん家に目を向けると、いろんなところが悲鳴を上げていたんだなと感じます。家やモノたちに「かまってあげなくてごめんよ」といいながらやってます。

私が家を再度片づけ始めたきっかけは、母の体調ですが、なんだか片付くたびに母が少しずつ元気になってくれてるような気もして、ちょっと清々しい気分です。私の片付け熱が母や子供にもちょっと伝染しています。昨日は子供が部屋を自分で片づけていました(笑)皆さんにも伝染してるかも?うふふ。

人も物もやっぱり思いを寄せてあげないといけないなあと思う今日この頃です。思いを寄せるだけでお互いに生き生きしますね。英語もブログもそう。思いが伝わって生徒にも読者の方々にも生かさせる自分でありたいです。それが自分を生かす道でもある。

ブログは細々と続けて7年は経ちました。きついこと言われたり、嫌われたり、避けられたり、疎遠になったり、つまらないブログと暗に言われたり(笑)いろいろありましたが、それでも続けられたのは、マイナスよりもプラスが多かったからです。このような英語ブログは特に、嫌われていても、このブログが好きな人と同じぐらい熱心に読みに来られる方がいるのが特徴だと思います。テストの点数とか勉強法は誰でも気になりますよね。

でも、そこにとらわれるのではなく、このブログに思いを寄せてくださる人のほうが実際は圧倒的に多いという事実。励ましや一緒に頑張ってくださる方々の思いがあるから続けられました。

そして読んでくださる方それぞれに得られることがあるのがいいと思うに至りました。それがどんな人であれ。自分のできる範囲でその人を助けることができればそれでいい。役に立つことが大事だと。

実生活でもそれを感じます。いろんな先生に英語について相談を持ち掛けられるようになってきました。普段の自分の頑張りが伝わっている証拠なんだなあとしみじみします。私は非常勤講師なのに、いろいろアドバイスを求めてもらえる幸せ。教えていない生徒たちが個人的に相談にやってくる幸せ。自分が必要とされることがどれだけ大事か感じています。

だから自分の英語力を落とすわけにはいかない。さらにあげておかないといけない。

昨年度はチャレンジの1年でした。難関大学を目指す生徒達の授業と平行して民間でも教えていました。主に資格試験が中心でした。それと並行して試験も受けていました。

実は英検とIELTSの授業を不定期で請け負っていました。IELTSのスコアが必要だったのは、学校にアプライするだけためだけでなく、自分が教えないといけなかったからというのもあります。過去にスコアをもっていたというだけではダメだと思ったから。若い人たちに囲まれて受けていました(笑)

ネイティブスピーカーの先生もいたので、すべてができなくてもよかったんですが(ライティングの書き方は指南できても、添削はやっぱりネイティブスピーカーの先生じゃないとね)やっぱりやる以上はがんばりたい。なのでよけいに頑張れました。こんな自分でいいのか?と思いながらでした。しかし、民間のお給料はなかなか低賃金です(涙)昇給もほんのちょっとでかなりびっくりしました。非常勤講師ってほんと薄給です。派遣のほうが安くつくのでいいように使われてるところもあると思いました。でも勉強させてもらってると思って細々とですががんばりました。民間は仕事がたくさんあるようで打診をうけけたりもするのですが、私立学校は、非常勤は逆に昇給がないけどやっぱり条件がかなり上なので、学校が優先です。福利厚生も違う。

いろいろ苦労がありますが、その苦労が今になって少しずつ生かされているのだと思います。

やっぱり英語力を落とすわけにはいきません。私は試験はほんとに苦手です。理由があるから試験を受けています。できればもう受けたくないと思うことも多いです。

断捨離と風邪もかさなったのでちょっと英語はさんざんですが、こうやって見つめ返すことも必要かなと思うことに。

こういう休みはかえって勉強しにくい兼業主婦ですが、またリズムつけてガンバリたいです。

ゴールデンウィークも後半ですね。充実した時間をお過ごしくださいね!また一緒に頑張りましょうね。

読んでいただきありがとうございました。

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英語仙人になりたい

今日もお越しいただきありがとうございます。きょうはつぶやき。

私は一応高校の英語教師。生徒達に受験指導をしないといけない身分です。なので、自分がちゃんと英文解釈できてないといけない(汗)でも、一方で英語学習者でもありながら、英語でものを知るという作業も毎日欠かしません。日本語を介在させずに英語だけで小説や映画を楽しむことも大量にしています。有無を言わさず大量にやっているうちにじわじわと理解度をあげていっている状態だと思っています。

矛盾もあるし、相乗効果もあります。

英文解釈は「日本語に訳す」ところに重点があり、普段自分が楽しんでいる英語は「英語だけで直解する」ところに重点があります。特にaudiobookは聞くだけでストーリーを把握する作業なので、日本語が全く介在しません。映画の場合は英語字幕がある場合は英語字幕しか使ってないです。家族と一緒でなければ理解度が下がっても英語字幕がなければ、日本語字幕を使わずに字幕なしで見ています。

私はよく小説を聞いて、感動ものはよく泣くんですが、その描写をわかっているから理解しているから泣いていると思うのですが、それをいちいち日本語にしていません。

だんだん、点数にとらわれないようになってからは、どう思われてもいいかなと思えるようになって、点数を誇示しなくなりました。そこに固執して点数をあげようとした時期もありますが、それも過ぎちゃいました。できないと思われても、点数を誇示して集客目的として自分を売るわけでもないし、実際に自分が英語を楽しんでるし、日々の満足感も高いのもあります。

それと、私がこの間入ろうと門をたたいた学校は、英語で英語を説明できないといけないけど、入った人たちが日本の大学の入試問題を簡単に解くことができるかというと、

無理です。日本語できない人が中心だし。

中にはもちろんいらっしゃるかもしれませんが、それはバイリンガル、もしくはバイリンガルに近い日本人だろうと思われます。両方を兼ね備えようとすると、かなり苦しいということでもあると思います。ほんと英語ができるって何?と毎日自問しながら過ごしています。「ネイティブになりたい」は不可能で、ネイティブに近づくというのも違うような。どちらかというと、バイリンガルに近づくというのがもっと適切だろうなあと思う今日この頃です。ネイティブはその言語が母語という定義ですからね。

この間私が書いた英文を同僚の先生に見てもらった時に、「日本人はほんとにネイティブって言葉を連発するよね。自分は日本にいて慣れてるからいいけど、場合によってはあまり良くないと思うよ」と指摘されました。ブログでも書いたことがあるのですが、私はそれは以前に他の人(外国人)に指摘されてから「ネイティブ」という言葉は使わないように気を付けいて、実際には英語でも日本語でもNative English speakerという言い方しかしないようにしています。そこでもNative単独ではつかっていなかったのですが、それでもまた言われました。人が使っていても自分は使わないようにしようと思います。

話が脱線しました。

日本で言う英語ができるは「日本語に訳せる」が英語ができる定義だよなあとよく思います。あと、それから「テストで点数がとれる」が主流。バイリンガルの人が理解しているのに、うまくもう一方の言語に直せない状態も実は英語ができてるんですが、それはけっこう無視されている状態。帰国子女の生徒を見ていると、初見で4技能(もしくは3技能)をはかる英語のテストではトップに出てくる子もいますが、それ以外ではもともと持っている能力の高さを出せる場面はあまり学校英語ではありません。宿題に追われて、もともともっていた英語を英語で読む能力も生かされずに、ペーパーバックなどを読むひまもなくなって力を落としているようです。

それで思い出したのですが、大昔海外で、一人旅していた時に出会ったダブル(お母さんが日本人。日本ではハーフという人が大半ですが)でトリリンガルの人とバスで話をしている時に、「日本語でうまく言えないから英語に切り替えて話をするね」と話が進んだことがあります。それは、英語力がないのではなくて、日本語の問題。そんなことがきっとバイリンガルの人の頭の中でも起きているのだろうなあと思います。

で、逆のパターンのモノリンガルで英語がすごくできる優秀な生徒を受け持つと、いとも簡単に難解な英文を解析して訳してしまう子がいます。でもしゃべれないし、書けない。逆に訳はすごかったりする。そういう子は日本語にもすごく敏感です。それはそれで素晴らしいと思っています。そういう子たちが難関大学の英語を制覇している状態。

というような矛盾に日々向き合っています。でも「事件は現場で起きてるんだ」状態の私はとにかく今に対応しないといけません。だって現場で教えていて、まだまだ両方必要だから。時々、「好きな英語だけでもういいや」と思う自分に向き合いながら、日々自分のできることをやっている日々です。

昔、「英語の達人」とかいう言葉を使ったことがあると思います。今は、

「英語の仙人」になりたいと思っています(笑)

フレキシブルで枠にとらわれないで突き進む。

今自分の目の前にあることにベストを尽くす。生徒が待っていたら、生徒にとって最高の授業を提供できるように努力する。そのために苦手なテストや机上の勉強もなんとか隙間やながらでやってきて、これからもやっていくと思います。ただただ日本語に訳すというというだけ、テストで点数がとれればいいやという生徒を少しでも減らして、英語を使えるように導いてあげれるように努力するのみです。

そして、好きな英語も突き進む。

挫折だらけの、不器用な私ですが、また気持ちを新たにやっぱり突き進んでいけたらと思っています。

今日から4月、また新たな気持ちでスタートできるといいですね。

また一緒に頑張りましょうね!

読んでいただきありがとうございました。

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言語を楽しもう

今日もお越しいただきありがとうございます。あと少しで春休みです。成績処理やら、雑務に追われています。

相変わらず耳だけ状態が多い私ですが、できるときにできることをモットーにやっぱり英語漬け生活です。それがいくら要領が悪くとも。突き進んでいます。

このところ、母が弱ってきて、いろいろ考えます。で、英語の時間も変化をつけざる得なくなっている。そんな時に、もし試験特化の生活をしていたら、もっと悩んでいただろうなあと思いました。

普通、皆ない時間を振り絞って英語勉強しています。隣の芝生が青く見えてしかたがない状態。で、つぶやいてしまいます。

「時間がないから楽しい英語ができない」もしくは「ながらだから机に向かえない」

それとかこんなことも。

「映画や小説ばかり見たり読んだりしてもテストでは点数取れないから」

という言葉を何度も書いてきたように思います。

でも、ちょっと立ち止まってみると、

自分は

「映画や小説をもっと自由に楽しみたいからちょっと苦しい英語の取り組みもしている」

とも書いています。

英語力が付くまでは我慢?昔それですごく悩まれていらっしゃった方がいて、英検1級の勉強に煮詰まって、このままだと英語そのものをやめてしまいそうだと書かれていました。わかります、その気持ち。仕事も、家事も育児も押しかかってくるんですからね。

で、1級に受かってからじゃないとだめ?高得点をとらないとだめ?効率が悪いから?これも再三書いてきたなあ。

矛盾した自分にも言っているのですが、まあ矛盾があってもいいとも思うのですが、日本では多くの人が

テストに受かるために英語勉強してるってことですよね。点数を取るためというのが大前提。否定するつもりはないです。私も点数が必要なことあるし、資格があると仕事につながる可能性も高いから。特に私英語を教えているので、ほんとはもっと頑張らないとダメなんですがね(汗)

特に1級は壁が厚いです。だから皆一生懸命方法を探す。本やブログをさまよい続ける。いろんなやり方をマネしてみる。

いったん受かると受かり癖がつくとは思います。あ、私は4年ぶりに受けたときはいったん滑りましたがね(笑)例えるとコップに水があふれた状態。でもそのあと、そのコップは実はもっと大きな容器にはいっていて、また満たすのに時間がいるという状態だと思っています。そこには、いろんなアプローチが混在していて、どれもどんどん満たしていかないと力がつかない。

英語で雑誌や映画や小説を読むのを勉強にしてしまう。そこにもしかして問題があるのかもと思いました。もしくは、勉強として位置付けてしまう。

その呪縛を少し緩ませるといいのではないかなと最近思うようになってきました。

もう先が知りたくて仕方ないからという気持ちになれる。試験がないと英語が勉強できない自分、英語ができないようになるんじゃないかという不安から少し解放されます。

1級はこの前も書いたんですが、英語力以外に教養と知識が必要です。純粋に英語力だけをはかるのは難しい。だって言語はそれを語る道具だから。

知るということに考えを移すと、

どうしても点数に踊らされる自分を凌駕するにはそれがいいかなあとこのところ思うようになりました。映画や小説を読んでいて、ニュースを聞いていて、へえ、なるほどと思うことが大事だと思うようになってきました。

私は今だにパス単を音読しています。それはいったんインプットした単語をなるべく失いたくないからです。それをわかっていることで、ニュースや、小説や映画で理解度が上がるから。そこで「あ、出てきた」と認識して、また1級受けてみると、「あ、出てきた」となる。なかなか面白いです。

テストで点が上がるからだけじゃないとかえって続く。

たくさんの生徒に相談されました。

「先生、先生と英語するようになって、定期テストの点数が上がった。でも、まだ模擬テストでは点数が伸びない。どうやって勉強すればいい?」というたぐいのもの。

どんな問題がきても得点できる力は急にはつきません。長文読解を一緒にしているときに、生徒たちはいろんな英文に出会い、いろんな考え方があることを知ります。教養とよばれるものの端くれでも味わってもらうことが前提なのではないかと、一緒にやっていても思います。そこから点数に特化してしまう傾向がすごく強い。偏差値社会ですしね。

テストが客観テストだからというのもあります。そうじゃないとはききれないのもあるからだと思います。みなが自分の意見を英語で書くようになってきたら、英語で面接するようなていねいなテストになってきたらまたかわるだろうなとは思うけど、それはまだ一部でしかできてないし、遠い先のこと。それにそれをはききれる先生がまずいません(笑)少なくとも、中高では少ない。従来の英語教育を受けてきた人がやってるのだから、なかなか変わらない。だから客観テストがまだまだはびこっています。

そこに、点数さえとればいいのだという麻薬のような現象がおこっているように思えます。

もうすこし長期スパンで見ると、ちょっと違うものが見えてくるのでは?

 私の場合は、発音も、発音を気にする前に言語を楽しんでいるうちになんちゃってブリティッシュアクセントをええ加減に話している自分がいました。 音読してるうちになんとなくです。アメリカ人の先生に、「今度来る先生はイギリス人だから、君とは合うかも」なんて言われちゃうぐらい(汗)何度も書くように正式なレッスンを取ったことはないし、音声学もかじってません。

そしてかなりできないレベルから1級を受験し続けてきたので、その過程で英語読書に出会って英語がとても楽しくなりました。それが遠回りだったとしても、今はその遠回りがよかったのだと思っています。1級に受かる前から本を読む楽しみにはまり、今もずっと続いて、目標の500冊も見えてきました。

そこを読書を我慢して、てっとりばやく、要領よく1級をとずっと1級をしていたら、きっと今の自分はいないだろうなと思います。

1級を通していろんな英語に触れて、そこから広がる世界を楽しまないでどうするとさえ思っています。それが試験が示していることでは?試験の攻略もあれば越したことはないけど、それを超えて身につけないといけないことが大事では?大学なら大学で学び知ることに、ビジネスなら、仕事の内容を深くすることに。

たとえば、英検1級のために新聞を購読して毎日通勤で読んで、世界を知る。その知るが大事だと思っています。そこに使われた単語も確かに知識として必要だけど、知るために必要であって、その言葉自体を知ってることが大事なのではない。授業で文の説明、知識ばかりのオンパレードになると、生徒の力は伸ばせません。知ってることをひけらかすのではなくて、生徒に英語をやらせてなんぼです。そんなことも知らないのじゃなくて、こんなこと知ったねが大事。

自分の生徒にもそれをわかってほしくて毎日奮闘しています。受かるだけでいいではなくて、英語を通して得た知識が大事。それが大学に入った時につながっていくもの。点数じゃない。

テストを中心にやってる人はたくさん。それはそれでいいと思います。それも進む道の一つであって、どれか一つをとらなくても、どれもやってもいい。

私はできない自分と対峙しながら、自分の中の矛盾を抱えながらでも、自分なりのアプローチで英語やっててもいいじゃないかと今はちょっと思えるようになってきました。

今日も英語で同僚の先生と話をしていて、「また一緒に仕事ができたらいいなあ」と言ってもらえました。1年一緒にやってきて、私と一緒に教えているクラスは違うとさえいってくれました。偏差値的にはもっと上のレベルの子もいるんですが、私の受け持つ生徒たちが積極的にたくさん英語を話そうとするからだそうです。生徒も私もネイティブスピーカーの先生と楽しくやってきて得た結果です。

一生懸命やってきてよかった。

言語を楽しんでやることに罪悪感を感じることを減らすことができた時、

その言語を使っている時なのかも。

今日はつぶやきでした。

読んでいただきありがとうございました。

お返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。カウントは常に(0)ですが、ちゃんと届いています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。

つなげる力

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

最近愛犬が「遊んで遊んで」と抱っこをせがむので、だっこすると、今度は膝の上で立ち上がって、私が話しかけて、舌をペロペロ出して返事をしてくれるという遊びを強要されます。で、キーボードが打てない・・・。しかも最近PCを子供にジャックされりるので、なかなか思うように使えません。学校の宿題でパワポを使わないといけないらしいです。

なので、連絡すべき方々になかなか連絡できなくてすみません。

そうそう、Yさん木曜日でした。すみません!業務連絡ですー。ご応募いただいた方、どうもありがとうございました。お話しできるのが楽しみです。英語じゃなくても全然大丈夫ですからね。あと連絡またすぐにしますね。ちょっとお待ちください。

この間聞き終わったaudibleがあります。英語読書日記に詳しくは書いたんですが、反応がないわりに結構読まれているみたいなんです。

日本語の本はこれです。


ブログはコチラ↓
http://angelbooklog.blog.jp/archives/68853366.html
読書ブログにはダックワースさんのTEDも貼っておきました。

このgrit力、すなわち「やりきる力」というのは成功のカギだということを説いた本です。いくら知能指数が高くても、いくら才能があっても、このgrit力を備えていなければいけない。

で、自分の周りを見てみると、たとえば、レベル別に分かれている生徒の上のクラスはどんなテストをやっても成績がダントツです。これはもともと賢いからそのクラスに入れたのではなく、コツコツとやるべきことをやりきって成績を出しているから上位クラスにいるということなのだと気が付きました。中にはもちろんすごくセンスの高い子もいますが、ほとんどの子は提出物や小テストなどを絶対取りこぼさない子たちです。

ほかの成績の高いクラスでも同じです。それと見事にレベルが上がるほど寝ない。耐える力を持っています。

できるクラスはgirt力が高い。そこから、おもしろいことに気が付きました。数年前にその子たちを持っていた時に、英語の成績があまりよくなかった子がいます。数年後に、その子の名前がトップに躍り出ていることに気が付きました。

そう、その子の努力の結果です。粘り強く取り組むことに気が付いて、コツコツ積み上げたことが花開いた状態。

粘り強く取り組むというのがまずキーワード。

ご存知の方も多いと思いますが、私は今教えている生徒たちのような勉強のできる生徒ではありませんでした。

教師になりたての頃は本当に何も知らなくて、周りの先生にたくさん教えていただきました。その中の一人が今の夫です。

文法も語法もすべて一から、やり直しました。今でもずっとやり直している状態だと思っています。

それをここまで引っ張ってきてくれた力は、やっぱりこの「やり続ける力」grit力だとは思うのですが、

そこから、また考えました。

例えば私は兼業ママです。体力もない。ええ加減なりに家事を最低限でもこなして、弁当こさえて、家で教材作りや予習に追われて、ながらで勉強する。ブログをつい夢中になって書いてしまいます(これが余分?)

どれも中途半端です。

座って勉強できる時間も限られていて、車の中や家事をしながら必死で英語環境を作っています。柔軟体操しながら音読しないと寝落ちしそうになります。集中してメモをとりながら、書いたりしながらできたらもっといいのになあと思いますが、できるときにできることをするしかない。

試験も高得点とれなかったり、知らない文法や単語や語法に出くわしてあたふたしたり。(この間、分裂文という言い方もあるのだと夫に教えられた)

生徒にいい授業を提供したいというのも英語を勉強している理由の一つですが、映画や小説を英語で直でわかりたいという小さなころからの夢もありました。

英語力を上げるのに、試験はいちばん効果が高いです。

でも四六時中試験のことばかりはできない。授業の準備もあるし、家のこともあるし、疲れてしまってめげそうになる。

そんな時、映画や小説の世界が私を救ってくれます。

もちろん試験を極めるにはそれでは効率が悪い。

でも、もし自分が兼業ママをしながら試験だけを受け続ける生活を続けていたら、

何もかも投げ出してしまっていたかも。


メッセージを読ませていただいて、思いました。

「grit力を細い糸でもいい、その気持ちを少しでもつなげる力が必要だ」

私にとっての映画や小説はまさのその「つなげる力」となっているのだと思います。

人によっては、それもできないはず。そんな時、一日5分でもつなげていく。そんな力が必要ではないかと。

このブログには「angelさん、どうやって英検1級までもっていったんですか?」という方も多くきてくださっています。

そして、このブログを読むことで、なんとか気持ちを持ち続けようとしてくださっている方もいる。

涙が出そうです。

このブログがその「つなげる力」になってくれることを願いながら書いています。もちろん伝わってない場合も多い。でも、伝わったら、その気持ちがまた誰かに伝染していけばいい。いい思いが広がればそれでいいと思っています。

なんとか細い細い糸でもつなげていける。これが私たちに必要なものかもなあと思って書きだしてしまいました。なんかまとまりがなくてすみません。

なんとか少しでも先へ、ゆっくりでも先へ歩いて行きましょう。私も頑張っています。

一緒に頑張りましょう。

読んでいただきありがとうございました。

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数字addiction

今日もお越しいただきありがとうございます。

なんだかんだと言って、英語を教えている以上テストは受けてます。かなり体にもきてて、もう限界かもとさえ頭をかすめることあります。

自分の中の印象ですが、テストって

注射みたいな存在で、テスト勉強は点滴みたいなもんだなあと感じています。ある意味効率がいい。効果が高い。

テストは勉強と切っても切れない存在で、受験でテストで点をとらないといい学校には入れないから、もう構造が出来上がっています。

テストがないと勉強しない環境にさえなっています。大学受験に英語がなかったら、みんなこんなに勉強してないと思います。

で、ふと気が付くと、英語テスト漬けのアリ地獄に陥っている自分に気が付きます。

別に批判とかでもなんでもなくて、自分もそうだからです。

すごいエキスとを注入しないとやっていけない。テストでつねに点数をとっていないといけない。

いや、目的がある場合はまだいいと思います。

でも、点数だけが最終目標になるのがだめだと思います。

私は、英作文や読解を教えているので、自分が英作文が、読解ができないとダメだという焦りでテストを受けている部分がかなり大きいです。それと目的があるのも大きい。ただ単に自分の実力を図るためには到底できません。

まあ、どんな人でも語学を自分なりの方法でやることは自由ですけどね。

私は普段高校生と一緒に英語を勉強しています。じぶんが点数にあまりこだわりすぎる人物なら、先生してないかもと思っています。

偏差値のもともと高い先生は、なかなかできなくて苦しんでいる子の気持ちがわかりにくいし。(わかる先生ももちろんいるけど)

点数で生徒を判断する先生がいい先生であるわけがないと思っています。

生徒には英検1級を何度も受けてきたという話はしています。話し始めたときにそこで生徒に言われたことがあります。「先生それって自慢?」

なかなか鋭いなと思いました。「自慢できるような経歴じゃないよ。受かるまでものすごく何年も苦労して、受かってもその力を維持するのに尋常でない努力が必要だから、努力しているということが言いたいだけ。だから、読解問題でなんでこの正解が導けなかっただろうという君たちの気持ちが痛いほどわかる。こんなに勉強してもなんで点数があがらないんだろうって気持ちがわかる。でも努力はやめてないよ」

そこから、何人かの子たちが個人的に相談にやってくるようになりました。

ある生徒が相談にやってきました。「先生英語の成績が悪くて、今やっているテキストが難しい。学校の宿題だった問題集も、先生が復習にそれを解き直すように言われてやってみたけど、全然太刀打ちできない」と相談にやってきた子に市販のもっと解きやすい問題集を紹介しました。

「できると思う問題集で続けることが大事だよ。別に簡単なことをやってるからってひけめに思う必要なんてないんだよ。そうやってやった方が力はついてくるからね。薄い問題集をコツコツやって、達成感も得ようね」と伝えました。

その子はものすごいたくさんの宿題で、自主的に勉強する時間がとれないので、3学期から毎朝5時起きで頑張っていると言っていました。

そして、話をした次の週に「先生!見つけた!この問題集。すごくわかりやすくて、解ける!」と報告しに来てくれました。

私はこういう生徒にいつも救われています。そして思い出させてもらっています。そしてその生徒を心から尊敬しています。

どんなレベルであろうと、偏差値が違っても、そこに優劣があるのではなく、

その生徒の様に勉強を自らやろうとコツコツがんばっていることに価値があるのだ。

これに気が付いてからもう何年もたちます。

でも、点数とは切っても切れない勉強。そこに矛盾を感じながらも、突き進む自分。

大人の世界でも、点数や学歴で判断する世界が当たり前。

英語を使って何かをすることではなく、点数をあげることが大事な世界が幅を利かせているように感じます。

英語を使って何かをやっていますか?テスト勉強じゃなくて。英語で本を読んで感動していますか?英語で時事問題について誰かと意見を交換したりしていますか?英語で映画やドラマを見て、笑ったり、感動したりしてますか?英語で話をしてなるほどと思っていますか?

それができなからテスト勉強してんだよと言われそうですが、テスト勉強している中になぜ英語を使うことをいれないのかという疑問は持ちませんか?

目標の点数に至るのに遠回りだからやらない?

遠回りが悪いことですか?

使わないと遠回りだとは思いませんか?

何のために英語勉強していますか?

生徒にいつも「なんで職員室のネイティブスピーカーの先生に用事がある時に英語で言わないの?間違えてもいいから、いうことを決めて、ちょっと扉の前でいうことを英語で復唱して言ってごらん。『失礼します。~先生いらっしゃいますが?宿題提出しにきました』じゃなくて、”Exuse me. This is my homework. I'm sorry to be late to hand in."とか言うだけでも雲泥の差だよ。使ってなんぼ」と言います。私も職員室に生徒がきたら英語じゃないと提出物は受け付けないようにしています。そんなささいなことでも大きく違ってくるのをわかっているから。

英語を使って通じた興奮や、楽しさをもっと味わってほしいと思います。そうすればそれはものすごいモチベーションになってくれる。

点数にこだわる自分を凌駕して。

ここに読みに来てくださる読者の方々はほんとうにいろんなレベルの方々だと思います。英検1級を受けたいひとだけじゃない。多言語の方も多い。

その方たちが語ってくださるその努力が私の努力につながっていることも多いです。

今報われない気持ちになっている人もいるかもしれません。でも忘れないでください。

あなたの努力は決して無駄になっていないんです。その勉強法も間違っているか、あっているかは自分で決めればいいんです。なかなか伸びないなと思ったら変えてもいいし、続けてもいいと思います。

例えば、私は何年もパス単を音読し続けてきて、後悔はしていません。

一緒に歩き続けましょう。

ああ、またふと時間を忘れて書いてしまいました。うう。仕事に行ってきます(汗)

読んでいただきありがとうございました。

お返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。カウントは常に(0)ですが、ちゃんと届いています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。

どうやって英語の勉強を維持させればいいの? Willpowerの育て方

今日もお越しいただきありがとうございます。今週はブログ統合記念を祝して?4連ちゃん。いや単に休みが多いだけです。どうもテストに教材に家事にと勉強のリズムは崩れています。崩れついでにこれ書いちゃう。

コメントに「angelさん、今週は3本!がんばりましたね!」と励ましまでいただいて、うれしい。同窓会に行かれたYさん、楽しそうな様子がこちらまで伝わってきてウキウキなりました。大好きなHさんMさん!いつもありがとう。お話したいなあ。さわやかな山の様子を伝えてくださり私も朝からさわやかになる,ご本人もさわやかなGさん、毎回ほんとにうれしいです。Vさん、Mさん、Iさん、Kさん、Sさん,Yさん(Yさんはほんとにたくさんいらっしゃる!)共に頑張れて本当にうれしいです。ある試験の問題集を見ただけで、おののいてしまいそうになる、Yさん(これまた別人です)直接話ができたらたくさんアドバイスもあげれるのになあ、内緒ですが、私はその授業も担当したりもします。分不相応なので私も生徒達とがんばって勉強中です。Yさんと同じぐらいの世代の人を教えてたくさん刺激をもらっています。また一緒に頑張りましょう!いつもたくさんたくさん教えくださるJさん、感謝してもしきれません。

拍手、コメント本当にありがたいです。それだけがブログが続いている理由と言っても過言でもないかも。 

コメントの多くに、「angelさんも頑張ってるから、ブログを読んで私も頑張ろうと思いました」と書いてくださる。うるうる。そのコメントが頑張る私にしていただいているのもあるんですよ!ほんと、ありがとうございます。過去ログも人気のものはいまだにちょこちょこ拍手をいただくこともあって、それに気が付いたときは共に勉強しているんだと思える瞬間です。

こうやって、ブログを書くことでもモチベーションをもらっている私。仕事もあるので、相当なモチベーションの高さです。もともとできない自分をグイッと無理やり引っ張ってる感覚はいまだ抜けません。更年期に突入のおばはんがなんでこんなことしてるのだ?と思ったり、英語ができるといつになったら自信を持って言えるんだろう?と思います。

モチベーションの維持は結構難しいでよね。 

このブログの読者の方は、おそらくですが、英語やり直しの方、主婦の方や、兼業ママの方が多いのではないかと思っています。その他の方ももちろんいらっしゃると思うのですが、どちらにしろ、

英語の勉強をしたいけど、家事や子育てが、仕事が、家族の介護がという方も多いので、私の隙間とかながらを参考にしてくださってる方もいらっしゃると思います。机に向かってペンや鉛筆もってがっつり勉強できなくても、ながらで時間をかせいでなんとか力を維持しようという方法。他の方の勉強をみさせていただくと、「あんな緻密にできない」「こんなことするのはものすごく時間があるんだなあ」とよく私も感心したり、うらやましく感じることも多いです。時間は限られてるし、気も散漫な自分。こうやってすぐブログ書く自分(汗)試験作りなはれ!はい。机に向かえるときは食べてる時だけとかの場合もあります。お料理の時間も、食器洗いの時間も、逆手にとって英語を聞く時間。

別の見方をすると、だから続けられるともいえるのです。

そして同じように忙しくしている方々同様、時間がある人だって参考になるからブログを読みにきていただけるんだなとも思います。

なんでこの記事を書こうかと思ったかというと、この間生徒と入試問題解いてて、本文がおもしろかったからです。

「Willpower(意志の力)とは実際には集中する割合を分散できる技術を使えること」というような主旨の文でした。もしくは、我慢する技術と言ってもいいかも。

ある心理学者が、4才の子供に「お菓子が3種類あるけど、今1種類だけ食べていいよ。でもおじさんが帰ってくるまで我慢できたら2種類食べてもいいよ」と、なんとも酷なことを申し渡します。

ほとんどの子供が「おやつ二つ」を選択。お菓子の誘惑との戦いです。

結果は、ほとんどの子供が30秒以内にお菓子一つを食べてしまいました。わかるよわかる。

でも、注目したのは、ものすごく少ない割合だった、「お菓子を我慢できた子供たち」でした。

14年後、被験者すべての追跡調査をしたとき、驚くべき結果ががでたそうです。

我慢できた子と、我慢できなかった子のSATの点数の差が210点。そしてできなかった子供たちはいろんな問題を抱える割合がかなり多かったとのことでした。これと似たようなことはたくさんありますね。成績レベル別のクラスでアンケートをとったりすると、朝ごはんを食べてくる割合が違ったり、食べてる内容も違ったりします。

実はこの「我慢する技術」=我慢して目的達成まで持っていく技術というのは、単に意思が強いというわけではないことが判明しました。たまにそんな人もいます。私はそうだと思われてるかもしませんが、誤解です。そうだったらもっと勝ち組だったでしょう(笑)しがない非常勤講師で、毎年次年度の仕事にありつけるのか?とビビってないでしょう。

でも勝ち組って何だ?

お菓子を我慢した子供たちは、お菓子に注目することを避けて、違うことに集中したそうです。歌を歌ったり、かくれんぼしたり、靴ひもを直したり、と全く違うことに気をむけることによって、一瞬お菓子のことを忘れるようにしたとのこと。

お菓子をじっと見つめて続けると食べてしまうけど、お菓子ではなく、違うことをすることで、お菓子を食べるのを遅らすことができたということです。

これが大人になって、その注意の向け方がうまくなって、成功を導きやすくなったという結論です。

英語の試験を受け続けると、受かっても、受からなくても、もううんざりしますよね。やりたくない。

試験を勉強の中心に置くことが悪いといっているのではないです。試験はモチベーションを持つきかっけにはなっても、維持するのは工夫がいります。ただ成功した自分を描くだけでは足りない。そこにもっていくまでの詳細な計画を遂行する自分が必要です。ブログも続けるのは工夫が必要なのと同じ。参考になるブログも忙しくなられて、ネタも尽きて更新が途絶え、いくたびにスポンサーCMが出てくること多いですよね。このブログはCM出てます?でもご自身の生活が一番大事なので、それはそれでいいと思います。

目的を達成するとやめてしまうことも多い。目標が高すぎて挫折してしまうことも。日本の一部の大学生が勉強しなくなるのもそうなのかなあ。入るのが目的になってしまってるので、息切れしちゃう。

私の勉強はながらで、常に生活の一部です。試験となると、あまりいい方法ではないかもしれないけど、力の維持には貢献してくれています。延長上に試験を受けるような感じなので、成績も誇れるような点数が取れないことも多いですが(笑)それでもなんとかなってきました。あ、内心はこの間の2次試験不合格だったらどうしようと気が気でもないですがね。

試験に集中してないので、というかできないので、ある意味よくない例ですが、ある意味いいです。

何年も英語やり続けられるから。

試験で一定目標に達しても、やめてしまうのではなく、楽しんでやるものも増やしました。英語を通して英語を使うことに注目しているので、終わりがないです。

留学するのに期限までに何点必要という人はもちろん試験だけに集中したほうがいいです。

でも、私たちのような主婦、際限なく用事が待っている人にとっては、それが至難の技です。強い目的がなければあっという間に英語はTO DO LISTの奥底です。

実験で出てきた結果は、「我慢できる力」ですが、英語をじいっと我慢してやるじゃなくて、我慢するために注意の矛先を変える技術を持った人が目的を達成できているという話。こじつけでも、いいわけでも、続けることが大事。

だからね、ドラマも、映画も、英語読書もいいんです。いや言い訳?→といいながら、今週だけでほぼ2本のaudibleを聞き終わってしまう私。(クリフトンは肝心のハリーの出番が少ないです。まるでレディ・バージニアが主人公のよう(笑))でも、アイロン押しながらですがね。さすがに英検がはいったので、たまって夏物も合わせて13枚も押して肩凝ってマス(汗)でもアイロン押すと小さな達成感も得られるんですよねえ。糊パリパリで夫も気持ちいいと喜んでくれてます。

必死で何度もドラマ見てわかった振りするのも、いつのまにかわかってたりするんです。ほんとほんと。続けたからこそ、わかるようになってきたと思っています。1級1回受かったとたんドラマの理解度が上がるかというと、無理です。1級持ってるだけでも無理ともいえるかも。だからずっと修行です。あ、楽しみながらね。まだまだ全然できない自分と向き合う旅の途中。

いろんなやり方があっていいと思っています。そうでなければこれほど続けられらなかったとも思っています。英語の小説を原書で年間50冊読んで、聞いて、映画ほぼ日本語なしで40本見て、授業の英語にまみれて、で、延長上に試験がある自分のスタイル。試験だけならきっと終わっていたかも。注意の割合をその都度変えることで続けられました。

試験をモチベーションの一つにしていることはしているけど、試験に集中してないことが英語を続けて楽しめている。The strategic allocation of attentionをうまく利用しているというか、してないというか(笑)

2010年に英検1級になんとか合格してはや6年強。再受験をはじめたのが3年後の2013年、ブログを引っ越すきっかけの一つにもなりました。挫折を繰り返しながら、弱音だってはきながら(大人のくせにと何度言われたか(笑))そこから長い長い道のりをてくてく歩いてきました。これからもこの遅い歩みで行くと思います。自分のたてた誓はまだ実っていないから、遠い目標に向かって焦点をずらしながらも、方向を変えずに歩き続けています。今回試験に落ちたとしてもね。→ちょっと心配。

楽しいだけじゃないし、苦しいだけでもない。気を紛らわせながらも、やり続ける技術。それが大事かなと生徒と入試問題を読みながら思いました。

生徒達には、

「君たちがこのクラス(その学校で一番上のクラス)にいるのは、きっとお菓子を2種類たべれたからだよね」と言うと、なんだか彼らの目がすこし輝いて見えたのは気のせいかな?

彼らがこの先、なにかしらずっと勉強をつづけてくれたらと願ってこの記事を終わりたいと思います。

そして、頑張ってくれる生徒達と、読んでくださるあなたと一緒に歩めることを誇りに思います。

楽しく、たまに苦しく、共にがんばりましょうね!

読んでいただきありがとうございました。

お返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。カウントは常に(0)ですが、ちゃんと届いています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。
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